東京高等裁判所 昭和47年(う)1293号 判決 1975年3月25日
被告人 柴山静夫 外一名
主文
原判決を破棄する。
被告人大長孝雄を懲役六月に、被告人柴山静夫を懲役四月に
各処する。
被告人両名に対し、この裁判確定の日から各二年間右刑の執行を猶予する。
原審および当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣旨は検察官控訴につき検察官提出の静岡地方検察庁検察官検事古谷菊次作成名義の控訴趣意書に、被告人大長の控訴につき弁護人小林達美ほか六名連名提出の控訴趣意書に各記載されたとおりであり、検察官の控訴趣意に対する弁護人らの答弁は、被告人両名につき弁護人石田亨、同榎本武光、同小林達美、同上田誠吉、同佐藤義行提出の各答弁書、弁護人佐藤久、同杉本銀蔵、同渡辺正臣連名提出の答弁書、被告人大長につき弁護人鶴見祐策提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるからここにこれらを引用する。
検察官の控訴趣意第一、について。
所論は要するに、原判決は被告人両名の各所為について、外形的事実としてはほぼ公訴事実どおりの認定をしたが、静岡税務署勤務の森勇、五十川隆両大蔵事務官が本件当日静岡市農業協同組合南藁科出張所において行なつた被告人柴山静夫らの預金状況の調査は所得税法二三四条一項三号に違反する違法な調査であり、刑法九五条一項によつて保護されるべき公務の執行にあたらないと判断したのは右各条項の解釈適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
よつて検討してみるのに、本件において静岡税務署勤務の森、五十川両税署員が静岡市農業協同組合南藁科出張所において、被告人柴山の預金状況等を所得税法二三四条一項三号により調査するに至つた経緯として原判決の認定するところを要約すると概ね以下のとおりである。すなわち、
静岡税務署は、木工業を営む被告人柴山が昭和四三年三月一五日提出した昭和四二年度分の所得税確定申告について、申告にかかる約三〇六万円の収入金額が、税務署の調査によると昭和四二年一月から半年間に約六〇〇万円の収入があつたと認定されることと対比して過少であり、申告所得額にも影響すると思われたので、右確定申告の内容について調査の必要があると判断し、同税務署所得税第二課第二担当の大蔵事務官森勇、五十川隆の両名が同四三年一一月六日、同月七日、同月一四日の三回に亘り、所得税調査のため、肩書柴山被告人宅を訪れた。ところが右三回のうち、一一月六日および同月一四日の調査のときは、いずれも同被告人宅に静岡生活と健康を守る会の事務局長である被告人大長をはじめとして同会会員四、五名位がおり、両事務官に対し具体的な調査理由の告知を要求し、両事務官の第三者は立退いてもらいたい旨の要求に応じようとしなかつたので両事務官は調査に入ることができないと判断してその場を引きあげ、また、一一月七日の調査のときは、在宅した柴山被告人が業務の多忙を理由に調査に応じなかつたので調査を断念して引きあげた。右三回に亘る調査の経緯から両事務官は柴山被告人宅における調査は不可能であると判断し、上司と相談のうえ、同被告人について、所得税法二三四条一項三号によるいわゆる反面調査を行なうこととし、同被告人の預金状況を調査するため、本件当日静岡税務署長の発行した金融機関の預貯金等の調査証を携えて静岡市農業協同組合南藁科出張所に赴いた。そして両事務官は、右出張所応接室において、右出張所主任牧野光男に右調査証を呈示して調査に応ずるよう求めたところ、牧野は事前に柴山被告人から税務署員に台帳等を見せないで欲しいと依頼されていたこともあつて、両事務官の要求をいつたん拒否したものの、結局両事務官の要求により、上司である静岡市農業協同組合藁科支所次長大倉亀義に来てもらつた。両事務官は右大倉次長に対し、重ねて調査に協力するよう要請し、その承諾を得て被告人柴山静夫名義の昭和四一年度から四三年度までの普通預金元帳カード、柴山周子名義の昭和四三年度分の普通預金元帳カード、被告人柴山静夫および柴山時久名義の各定期預金証書控を出してもらい、その閲覧にとりかかつた。
ところで、原判決は、所得税法二三四条一項三号にいわゆる反面調査(以下反面調査と略称する)は、調査の相手方が直接納税義務を負う者でなく、法律により資料の提出を義務づけられた者でもないから、反面調査による質問検査権の行使は、右条項一号による納税義務者等の調査(以下臨宅調査と略称する)だけでは課税標準および税額等の内容が把握できないことが明らかとなつた場合に限り許されるものとし、また臨宅調査であると反面調査であるとを問わず、調査の相手方の要求がある限り、具体的な調査理由を開示しなければならないとの解釈を前提として、本件において、昭和四三年一一月六日および同月一四日の二回に亘る柴山被告人宅における臨宅調査において、同被告人や被告人大長の要求に対し、右両事務官が具体的な調査理由を告げなかつたことは臨宅調査における理由開示義務を尽さなかつたものであり、したがつて直ちに臨宅調査を不能であるとして本件反面調査を行なつたことは、反面調査を行なうための必要性の要件を欠いたものとして違法なものである、と判断している。
しかしながら、所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告等の内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、調査を必要とする客観的理由がある場合には、同条一項各号規定の者に質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めたものであり、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解され、また、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも質問検査を行なううえでの法律上一律の前提要件とされているものでないことは最高裁判所の判例(昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定、刑集二七巻七号一二〇五頁)の示すとおりである。したがつて、所得税法二三四条一項所定の質問検査を必要とする客観的理由が前記具体的事情によつて肯定される限り、その対象者を同条項一号所定の納税義務者等に限定するか、または三号所定の者にまで押し及ぼすか、その順序、方法等をどのようにするか等は前記判例における実定法上特段の定めのない実施の細目的事項にほかならず、当該調査の必要性と相手方の私的利益とを比較衡量し社会通念上相当な限度内である限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられているものと解すべく、原判決のように三号の反面調査が法律上一号の臨宅調査等の補充的規定であつて、後者の調査が不可能である場合に限り許されるものと解すべきではない。もつとも反面調査の相手方が直接に納税義務を負う者ではないこと等から実施の必要性および方法等に関し、相手方の私的利益を優先させるべき場合があり、右の利益衡量のうえで臨宅調査に比してより慎重な配慮を要するものというべく、したがつて社会的相当性の限度内として許容される範囲についても臨宅調査の場合と若干の相違があることは当然であり、原判決の引用する昭和二六年一〇月一六日付国税庁長官通達(直所一―一一六)も税務当局の自制措置としてこの理を明らかにしているものであるが、右通達が現実に調査を担当する税務職員の行動基準である限り、規定の文言についての合目的的解釈はもとより可能であり、したがつて右通達に明示されていない場合であつても、通達の趣旨に反しない場合まで当該税務職員の行動を規制する趣旨でないことは明らかである。
そこで、本件において森、五十川両事務官が静岡市農業協同組合南藁科出張所において実施した本件反面調査の適法性について判断するのに、記録および当審における事実取調の結果によると、本件反面調査に至るまでの経緯は概ね前記原判決の認定のとおりであるが、なお、静岡市農業協同組合南藁科出張所は、同組合藁科支所管内の出張所であり、当時出張所長は置かれておらず、同組合藁科支所長森内五郎がその業務の全般を統轄していたこと、本件当日森、五十川両事務官が同組合南藁科出張所を訪れた当時、森内支所長は不在のため、同支所次長の大倉亀義が調査の承諾を与えたものであること、その後被告人両名と両事務官との間にトラブルが起こり、大倉次長の連絡を受けた森内支所長は同組合本所の貯金課長梅原利平に電話で処置を問い合せ、同人から貯金台帳等についても税務署の求めがあれば閲覧させるようにせよとの回答を得ていること、右両事務官は大倉次長に対しても携帯した静岡税務署長発行の金融機関の預貯金等の調査証(調査対象が柴山静夫、同周子、同時久、同和徳名義の預貯金に限定されているもの)を呈示して調査の承諾を求めており、大倉次長はかねて税務署からの特定個人に関する預金等の調査に対して協力するとの上司からの指示にしたがい調査の承諾を与えたもので、その際とくに具体的な調査理由の告知を求めるようなことはしなかつたこと、本件当日の調査により同組合南藁科出張所等の平常業務に著しい影響を与える等のことは少くとも被告人両名が来るまでの間においてはなかつたことがそれぞれ認められる。
右の事実関係を基礎として、本件当時における静岡市農業協同組合南藁科出張所における反面調査の必要性についてみると、まず被告人柴山の昭和四二年度の確定申告における収入金額が静岡税務署の調査に比して過少であるとの疑いがあつたことから右申告内容の真偽につき調査すべき一般的必要性があつたことは明らかであるところ(この点は原判決も認めるところである。)、同被告人宅における三回の臨宅調査の実施過程において、被告人大長を含む四、五名の第三者が具体的な調査理由の告知がない限り調査に応じないとの態度を固執し、あるいは被告人柴山において業務の多忙を理由に調査に応じない等のため、右臨宅調査の実施が実質的に不可能な状態にあつたものと認められ、このことと、臨宅調書における調査理由の具体的告知がとくに法律上の要件とはされていないこと、本件のように収入金額の過少申告の疑いがある場合には金融機関に対する預金等の状況について把握する必要性が一般的に肯定されること等を併せ考えるときは、本件反面調査の選択は権限ある税務職員の合理的裁量の範囲内のものとして是認できる。なお、右のような金融機関に対する反面調査が前記国税庁長官通達において必ずしも禁止されているものでないことは、右通達が金融機関に対する反面調査の実施につき、「直接金融機関について調査を行わなければその者について適正な課税又は滞納処分等ができ難いと認められる場合」の具体的内容として「五、所得税又は法人税の課税標準の調査に当り、所得金額の計算につき必要な帳簿書類がないか、若しくは不備な場合又は帳簿書類がある場合においてもその真実性を疑うに足りる場合(以下略)」と規定した趣旨は、臨宅調査等によつて帳簿書類の存否が確認でき、これがある場合にその閲覧が可能である通常の場合のことを例示したもので、本件のように臨宅調査が実質的に不可能なため帳簿書類の確認および閲覧が不可能なときは、右にいう「帳簿書類がない場合」と同視しうるものであり、したがつてこれに含めて解することができることに徴しても明らかである。次に、前認定の右組合南藁科出張所における本件反面調査の方法、態様等をみても、同組合は従前から特定個人の預金等を対象とする税務署の調査に対しては、これに協力する方針をとつていたことが看取され、本件当日両事務官が前記出張所における預金等の名義人を特定した静岡税務署長発行の金融機関の預貯金等の調査証を同組合藁科支所次長大倉亀義に呈示して調査の承諾を得たうえ調査を開始したものである以上、両事務官が責任者不在の右出張所を予告なしに訪れたため、牧野主任との間に意思の疎通を欠き、若干のトラブルを生じた事実があつたからといつて、同組合ないし同出張所の私的利益を不当に侵害するような調査であるということはできないこと、またその間の応接および調査は終始同出張所応接室においてなされており、同出張所の平常業務に著しい支障を来たすものではなかつたこと、右大倉次長等組合側の者から調査の開始時およびその後の段階において、とくに調査の具体的理由の告知を求められたことはなく、したがつて同組合に対する理由の告知がなかつたことを違法視すべき特段の理由はないこと等からみて本件反面調査は具体的な行使の方法、態様においても預金者の秘密保持等の要請を含む同組合の私的利益と衡量して社会通念上相当な限度内のものであつたと認められる。
なお、弁護人の答弁書および当審における弁論における主張のうち、右判断に関連して重要と思われる数点について説明を加える。
まず、弁護人は、本件起訴状記載の公訴事実が森、五十川両事務官に所得税法二三四条一項の調査権限のあることを明示していない点、調査の対象となる預金年度を明示していない点、右調査の受忍義務者を明示していない点において公訴事実の特定を欠き、公訴は棄却されるべきである旨主張する。
しかし、公務執行妨害罪における訴因の記載として、公務員がその職務を執行中であることが具体的事実をもつて示されており、全体の記載内容からみて、当該職務が公務員の職務権限内の適法な職務であることを主張していることが看取されるものである限り、当該職務が適法になされていることの法律上の根拠等をいちいち具体的に記載しなくとも訴因の特定に欠けるものとはいえない。この点に関する本件公訴事実の記載は、「昭和四三年一二月二日午後二時五五分ころ静岡市牧ヶ谷三九〇番地静岡市農業協同組合南藁科出張所において、静岡税務署勤務大蔵事務官森勇、同五十川隆が被告人柴山静夫の所得税調査のため所得税法にもとづき同出張所における柴山静夫名義の預貯金状況を調査して」いたというのであり、何ら訴因の特定に欠けるところはないのみならず、記録によれば、原審第一回ないし第三回公判期日において、検察官から所論の各点を含む本件職務の適法性の根拠等について詳細な釈明がなされており、防禦上の不利益も認められない。
次に、弁護人は、本件反面調査の相手方は法人である静岡市農業協同組合であるから、その機関たる理事の承諾を得てなされるべきであるのに、両事務官において理事の承諾を得た形跡がないから本件調査は違法であると主張する。
しかし、本件反面調査の承諾を与えたのは、前記のとおり、右組合藁科支所次長の大倉亀義であるところ、その承諾は、同組合南藁科出張所の業務全般を統轄する森内支所長不在の間における支所長の権限を代行してなされたものであり、かつ同組合の方針として特定人の預金等を対象とする税務調査への協力が定められていたと窺われる本件においては、右大倉次長の承諾が同組合理事の意思に反するものとはいえないから、本件調査にあたり同組合理事の直接の承諾を得なかつたからといつて調査が違法となるものではない。
次に、弁護人は、本件において右出張所主任牧野光男が、両事務官の調査を断り、退去を求めた時点において、相手方の承諾が得られなかつたので、任意調査の要件を欠くに至つたのに、両事務官が退去せず、右出張所に留まつた点において調査は違法となる旨主張する。
しかし、右組合南藁科出張所には所長が置かれておらず、同出張所における業務全般の統轄者は同組合藁科支所長であつて牧野主任でなかつたこと前記のとおりであるから、牧野主任が自己の判断により両事務官の調査を拒否したことをもつて同出張所の最終的意思表示と評価することはできないし、所得税法二三四条一項三号が任意調査であるといつてもまつたく対等の私人相互間の関係とは異なり、相手方が一般的な受忍義務を負い、その履行を間接的、心理的に強制される関係であることにも照らすと、両事務官が、右出張所における業務全般の責任者でない牧野主任の態度を同組合の最終的意思表示と受けとらず、権限ある上司の直接解答を求めるため同出張所に留まつたからといつて直ちに任意調査の限界を越えた違法なものということはできない。
以上によつて明らかなとおり、本件における森、五十川両事務官の反面調査は、所得税法二三四条一項三号による適法な公務の執行であると認められ、したがつて刑法九五条一項により保護される公務に該当することは明らかであるから、これと異なる原判決には右所得税法二三四条一項三号ひいては刑法九五条一項の解釈適用を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
検察官の控訴趣意第二、および弁護人小林達美ほか六名の控訴趣意について。
検察官の所論は要するに、原判決は、被告人両名の森、五十川両事務官に対する所為について、外形的事実としてはほぼ公訴事実どおりの認定をしたが、被告人両名の共謀を否定した点において重大な事実誤認があるというのであり、弁護人の所論は要するに、原判決が信用性のない原審証人森勇、同五十川隆の証言によつて被告人大長の暴行、脅迫の所為を認定した点において重大な事実誤認があるというのである。
よつて検討してみるのに、原判決は本件公訴事実のうち、本件当日森勇、五十川隆の両税務署員が前記組合南藁科出張所において柴山静夫名義の普通預金元帳カード、同人および柴山時久名義の各定期預金証書控を閲覧調査していた際、その場にかけつけた被告人柴山が「お前らなにをしているんだ。」と怒鳴りながら五十川事務官の手元から銀行調査補助用紙二枚と普通預金元帳カードを引つ張りとろうとし、同事務官がこれを押さえたものの、破れた補助用紙の一部を同被告人が手中に収めたこと、これと並行して被告人大長が森事務官の手元から補助用紙をとろうとしたが同事務官がすばやくこれを鞄にしまつたためとることができず、同事務官に対し、「こんな事をしやがつてぶん殴るぞ。」と怒号したこと、その後被告人大長が両事務官に対し、記録内容の返還を求め、「出さんというなら三日でも四日でも帰さないぞ。」とか「君らにも家族があるんだろう。平穏無事に暮したいだろう。生活に変化のないように出しなよ。」とか「外へ出よう。外へ出れば腕づくでもとつてやる。俺達は身体を張つているんだから。」などといつたこと、また同被告人が森事務官に対し「こつちへ来い」といいながら同事務官が両腕でかかえていた鞄の把手をつかんで引つ張り、同事務官の肩を通用口横のロツカーに当てたこと、をそれぞれ認定したが、被告人両名の右各所為については事前共謀はもちろん、現場共謀も認められないから、いわゆる同時犯であるが、被告人柴山の右補助用紙等の奪取行為は人の身体に対する有形力の行使ではないから暴行罪における暴行にはあたらないと判断している。
ところで、原判決挙示の証拠を綜合し、当審における証人森勇、同五十川隆の各証言をも加えて検討すると、まず原判決が認定した被告人両名の前記各所為は優に認定することができ、これによれば、被告人大長の暴行、脅迫が公務執行妨害罪における暴行、脅迫にあたることはもちろん、被告人柴山の前記補助用紙等の奪取行為も五十川事務官の身体に対する直接の暴行ではないが、公務執行妨害罪における暴行の実行行為にあたることが明らかである。
したがつて、被告人大長の暴行、脅迫の事実がないとする弁護人の所論は理由がない。
進んで被告人両名の共謀の有無について検討するに、前掲各証拠を綜合すると、前記のほか次のような事実が認められる。すなわち、被告人柴山は静岡生活と健康を守る会会員であり、本件反面調査に先きだつ臨宅調査の段階から同会事務局長である被告人大長の応援を得て行動し、本件当日も前記出張所の牧野主任から両事務官が調査に来ている旨の連絡を受けるや、単独で同出張所に赴かず、わざわざ被告人大長の応援を求め、同人と連れだつて右出張所に赴く等本件当時において被告人両名は税務職員の調査への対応策等の限度で共通の目的のもとに共同の歩調をとつていたこと、また被告人両名は右出張所において両事務官がすでに調査を開始していることまでは事前に知らなかつたとしても、被告人両名が右出張所応接室に入つた際の両事務官の様子からして、両事務官がすでに調査を開始していることを知つたものであり、しかも被告人両名はこれに立腹し、被告人柴山は五十川事務官の手元から補助用紙等を奪取し、これと並行して被告人大長が森事務官の手元から補助用紙等を奪取しようとしており、この段階における被告人両名の行為は共同の意思に出たものと認められること、またその後行われた被告人大長の両事務官に対する脅迫文言の中で「俺達」という言葉が使われており、被告人柴山は直接脅迫行為に及んでいないとはいえ、大半の時間右出張所応接室の入口付近に立つて被告人大長と両事務官のやりとりを見守つており、その間被告人大長の所為を制止するような言動は全くとらなかつたことが認められる。右認定の事情に照らすと、被告人両名が右出張所応接室において両事務官の調査を知り、これに立腹した際、暴行、脅迫を加えてでもその調査を阻止しようとの暗黙の共謀が成立したものと認めるに充分である。
右と異なる原判決は事実を誤認したものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する検察官の論旨は理由がある。
以上の次第で、検察官の控訴は理由があるので刑訴法三九七条一項三八〇条三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに次のとおり判決する(なお、被告人大長の本件控訴は理由がないが、本件は検察官控訴を理由があるとして原判決を破棄すべき場合であるから主文において控訴棄却を言い渡さない。)。
(罪となるべき事実)
被告人大長孝雄は静岡生活と健康を守る会の事務局長、被告人柴山静夫は同会の会員であり、肩書住居地において冷蔵庫の木工生地を作る木工業を営んでいる者であるところ、被告人両名は、昭和四三年一二月二日午後二時五五分ころ、静岡市牧ヶ谷三九〇番地静岡市農業協同組合南藁科出張所において、静岡税務署勤務の大蔵事務官森勇、同五十川隆の両名が被告人柴山の所得税調査のため所得税法二三四条一項三号により、同出張所における柴山静夫およびその家族名義の預金状況を調査しているのを認め、これを不当であるとして立腹し、両名共謀のうえ、被告人柴山において、右両事務官に対し、「お前ら何しているんだ。」と怒号しながら五十川事務官が記録中の銀行調査補助用紙二枚、および同人が披見中の普通預金元帳をやにわに奪取する暴行を加え、被告人大長において、普通預金元帳を記録中の森事務官に対し、「こんな事をしやがつてぶん殴るぞ。」と怒号して脅迫し、さらに被告人らは森事務官が記録した銀行調査補助用紙を交付させようとして、引き続き約二時間にわたり同所において、執拗に交付を要求し、被告人大長において同人らに対し「返せよ。出せよ。出さなければ三日でも四日でも帰さないぞ。」「君らにも家族があるだろう。平穏無事に暮したいだろう。生活に変化のないよう出しなよ。」「外へ出れば腕づくでもとつてやる。俺達は身体を張つているんだから。」などと申し向けて脅迫し、森事務官が両腕で胸に抱きかかえていた鞄の取手をつかんで引つ張るなどの暴行を加え、もつて両事務官の職務の執行を妨害したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法律に照らすと被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、九五条一項に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として森事務官に対する公務執行妨害罪の法定刑で処断することとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人大長を懲役六月に、被告人柴山を懲役四月に処し、同法二五条一項を適用して被告人両名に対し、この裁判確定の日から各二年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文、一八二条によりその全部を被告人両名に連帯して負担させる。
(原審弁護人の主張に対する判断)
原審弁護人は、被告人両名の行為が公務執行妨害罪における暴行ないし脅迫にあたるとしても、違法、不当な反面調査に対する国民の抗議としてなしたものであるから正当な権利行使であり、違法性を欠く旨主張する。
しかし、本件における森、五十川両事務官の反面調査は、所得税法二三四条一項三号による適法な職務執行であること前記のとおりであるから、右主張は前提を欠き、採用することができない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 田原義衛 吉澤潤三 小泉祐康)